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Musician's Voice vol.03: interview

2005/01/15
坪川真理子

『ギター曲独特の幻想が…』

坪川真理子:72年生まれ、クラシックギタリスト。95年、東京外語大スペイン語学科を卒業後、スペイン政府の奨学生として渡西。98年、サンティアゴ・デ・コンポステラで「ホアキン・ロドリーゴ賞」受賞。00年、マドリード王立上級音楽院を卒業(優秀賞受賞)。01年、デビューコンサート。04年、Bishop Records よりファーストCD『スペイン幻想』を発表。

■坪川さんは「現代ギター」誌での執筆でも、あるいは現代ギター社GG学院の講師としても有名でいらっしゃるので、「もう知っている」という方には退屈な話しかもしれませんが。ギターをはじめた切掛は何だったのでしょうか。

 まず、ギターをはじめる前にピアノを習っていたんですね。5才ごろだったんですが、最初は「子供音楽教室」みたいな、半分遊びみたいなところでした。ちゃんと始めたのは小学生になってからです。私の家庭というのは転勤族だったもので、電子ピアノで育ったんですよ。そんなこんなしているうちに、やっと家庭が埼玉に落ち着いて、本当のピアノを弾けるようになったんですが、電子ピアノと違って鍵盤が重いじゃないですか。それで、腕を痛めちゃったんですね。そんな背景がまずありました。 そのうちに母がギターを習い始め、その先生がスペインにずっといらっしゃった方だったんですね。また、そんな時期に父のスペイン長期出張が決まったりしまして、そこにスペイン語を習いにいったりもしたんですね。私はそこにおまけで付いていったりしてまして、そのうちに習うようになりました。小学校6年生でしたね。 でもギターというのは、ピアノと比べてとても難しい楽器なので、最初は練習する気になれなかったです。家では全く練習しなかったですね。本当に、週1回だけ、先生のところでだけ弾いてみたいな感じで…。いまになって思えば、なぜ続いたんでしょうね(笑)。

■ということは、ピアノと並行して続けていたのですか?

 そうです。ピアノばかり弾いていましたし、だから小中学校の時の友人から見た私の印象はギターではなくてピアノだと思いますね。

■それは高校になっても続くのでしょうか?

 高校になって、先生に習うのは止めていたんですよ。というのは、もともとそのピアノの先生というのが声楽の方で、「もうこれ以上は私には教えられないから、以降はちゃんとした先生を紹介するからそちらで習って下さい」と言われまして。これがちょっと離れたところに住んでらっしゃった方だったんですね。高校に入って、落ち着いたらそちらに行こうと思っていたのですが、何となく億劫に思っているうちに日々が過ぎ(笑)、ギターだけ続き、という感じでしたね。 やっぱりひとつには腕を痛めたというのが大きかったと思います。根を詰めて練習すると腕が痛んでしまうので。それがなければ今とはかなり違ってきていたのではないかと思いますね。

■素朴な質問ですが、クラシックギターって、何の練習から始めるのですか?アポヤンドやって、アルアイレやって、音階やって、曲やってという手順なのでしょうか。

 そうですね。アルペジオやって、音階やってという感じですね。でも私の場合、ピアノをやっていたもので、楽譜は読めるし指は動くしという事で、先生が基礎の本を飛ばして最初から難しいエチュードから入ってしまいました。そうすると、1曲終わるのに半年とか平気でかかってしまうんですよね。それもあって、なかなか練習する気にならなかったのかも知れません。でも周りもうるさく言わないし、私も何となく「始めたことは続ける」みたいな性格だったので(笑)。 高校生ぐらいになるとギターもそこそこ弾けるようになってきたし、面白くもなってきてはいました。

■それで、スペインに魅かれて外語大を目指したわけですか?

 ううん…もともと語学は好きだったですし、将来は語学を生かした職業に就きたかったというのがありますね。また、ギターの先生からはスペインの話しも色々と聞かされていましたしね。また、スペイン語って、使えるじゃないですか。そういう諸々の事を全部総合したうえでスペイン語を選んだわけです。

■そして、ギター部に入るのですか。

 そうですね。ギターに本気になったのはこの時です。外語大の古典ギター部にひとりだけ物凄く上手い先輩がいまして、魅せられてしまいました。その先輩は学生のコンクールでも入賞したりと、かなり本気でやってらした方だったんですね。その先輩を見ていて、いかに自分が弾けていないかというのが分かってしまったんですね。基礎が出来ていなかったんですよね。これではいけないと思い、先輩の先生を紹介していただいて、小学生の時に飛ばした初歩の本からやり直しさせられました。

■それが、先日のCD発売記念コンサートを主催してくれた今野有二先生(* 現在、社団法人日本ギター連名の常任理事)ですね。

 そうです。今野先生もスペインで勉強した人でしたので、その時期の私にはとても合っていたと思います。私の第2の父のような方です。

■プロになろうと決めた瞬間というのは、大学卒業時の就職活動の時だったそうですが。

 そうですね、大学4年ですね。もしかしてその時がバブルの時だったらサッと就職しちゃってたかも知れませんね。私の時というのはもう就職氷河期でしたから、就職活動に1年間を費やすというのも何だか勿体ないというのもあったんですよね。大学4年の1年間って、とても大事な時期じゃないですか。 また、就職活動をするにあたって資料請求をあちこちに出していたんですけど、そこに志望理由というのを書く欄があるんですが、それを真剣に考えちゃったんですよね、「私は何がやりたいんだろう」って。それで出た答えは「スペインに行きたい」っていう気持ちでした。ギターがやりたいというのも勿論あったんですけど、それよりも先に1年間でも住んでみたいというのが先で。だからその時点でも、プロといっても、日本に帰ってきたら結婚でもして、翻訳の仕事でもして、ギターでも教えて、主婦の副業としては良いかな、程度の軽い気持ちで(笑)。

■プロの音楽家が聞いたら怒りそうなエピソードですね(笑)。

 ははは。大体、決めた時点でたいして弾けてなかったですし、私(笑)。その時点で私より弾けていた人でも、就職してギター辞めた人は沢山いましたしね。動機って大事だと思います。また近藤さんに笑われてしまうかもしれないけど、私はピアノを相当練習した時期というのはあったんですが、ギターを集中して練習したということが無かったので、「私は本気で練習したら絶対に上手くなる」という思い込みがあったんですよ(笑)。

■坪川さんって面白い人だったんですね(笑)。その後、集中して練習した時期というのは訪れたんですか?

 やはり(マドリードの音楽院に)留学してからですよね。でも学科が多いんですよ、音楽院って。音楽史とか、和声学とか、美学とか、音響学とか。だから、そんなにギターばかり弾けたわけではないですが、日本にいた時と比べればギター中心の生活にはなりました。

■美学って、まともに美学をやるんですか?

 ええ、プラトンとかソクラテスみたいな古典から全てですね。大変でしたよ、スペイン語だから。分からなくて悩んでいたら、スペイン人の友達に「大丈夫、私達も半分もわかってないんだから」なんていわれて、「ああそうか」なんて思ったりして(笑)。

■それで向こうにいて、長居をすることに?

 ええ、1年の予定だったのが、あと1年あと1年と延びていって、結局5年半いる事になりました。1年でそれなりに上手くはなったんですが、でもここで帰っても、プロの演奏家としては通用しないというのが分かってきたんですよね。私自身の中で演奏家としてのモチベーションが、主婦の副業というところから演奏のプロを目指す方向に変わっていったというのがあると思います。そうするにはそれだけの時間が必要であったという事ですよね。

■なるほど。帰国後、どのようにして活動を始めたのでしょうか。

 帰るちょっと前に、ホームページを始めたんですよね。自分の紹介というよりも、スペインの文化とか、スペインのギタリストを紹介するといった内容だったんですが。これがちょっとヒットしたんですよね。それで帰国後にデビューコンサートを行って(* 2001年3月)、現代ギターに拾われて、という感じです。ギター界に名が知られるようになったのは、このホームページと現代ギターのふたつが大きかったと思います。最初の年こそそんなに多くはなかったですが、以降、割と順調に仕事が入ってきました。

■スペインのギター音楽は私も好きで良く聴くのですが、如何千体系的に学習した事がありません。クラシックでもフラメンコでもスペインもののCDを聴くと曲の最後に「Solea」とか「Fandango」とか表記がしてあることがありますが、これは何なのでしょう。

 スペイン舞踊の形式です。なにをもってスパニッシュギターというかは良く分かりませんが、いずれもクラシックに採り入れられると様式化する傾向はあるようです。「サパデアード」はフラメンコの踏みならしから来ている言葉で、これがだんだん形式化して、6/8の速い曲みたいな捉え方になってきているようです。「ソレア」は3拍子の情熱的で悲しい曲です。「ファンダンゴ」も、もともとは色々なファンダンゴがあるのですが、クラシックに採り入れられると3拍子の速い曲みたいになっています。でも、実際にはそんなに速くなく、結構優雅なんですよね。ですので、ファンダンゴといってものすごい勢いで演奏なさる方がいますが、これはどうかなって思います。「ホタ」というのはスペイン各地にある踊りで、これも地域によって結構違います。クラシックに採り入れられると6/8 の軽快な踊りという感じでしょうか。この曲も、スペインらしさを出そうと意識しすぎて重く弾く人がいますが、実際にはToe Shoes を履いて上に跳びはねる軽快な踊りなんですよね。多分、スペインといって闘牛とフラメンコのイメージが強すぎるんじゃないかとは個人的に思っています。スパニッシュギターといっても、私もうまく説明できないんですよ。スペインを、ギターをもって歩いていると、東洋人の女性がギターを持って歩いているのが珍しいのだと思うのですが、「それはスパニッシュギターか」なんて訊かれるんですよね。でも、「スパニッシュギターって何」と問い返すと、「セゴビアとか、パコデルシアとか、アランフェス協奏曲とか」みたいな漠然とした答えしか返ってこないんですよね、向こうも。要するにスペイン人にとっては、スペインっぽい=スパニッシュギター、ということのようです。

■それでは、坪川さんのもうひとつのキーワードである「 ギター」という楽器をどう思いますか。

 ギターをやっている人って、「ギターの音が一番だ」という人が多いんですけど、私はそうは思わないんですよね。勿論、ギターの音は好きで、納得できる音を捜し続けてはいるのですが。先ほど美学の話が出ましたが、たしかカンディンスキーだったかな、楽器を色に当てはめて定義していましたが、これをひきあいに出せば、「青は赤より良い色で」というような比べ方をしているようなものだと思うんですよね。ヴァイオリンにしてもチェロにしても、それぞれの楽器の中で好きな音嫌いな音はありますが、いずれも最高峰の音に関してはどれも好きで比べられないです。

■では、それぞれの楽器を判断する基準は音色によるところが大きいというという事ですか。

 ああ…でも確かに、好きになる演奏家って、音色によるところが大きいかも知れません。音は好きでないけれども内容が好きというのもありますけど、そういうものはベストの演奏家にはやはり入ってきませんね。

■私はエンジニアでもあるからか、音楽で音色の占める割合というのはかなり大きいんですよ。ですが、それと同じぐらいに奏法にも凄く目がいくんですね。例えば、最近どういうわけかチェロやコントラバスと共演させていただく機会が多いのですが、擦弦楽器の表情に対して、ギターは撥弦した後のコントロールって相当に限定されるじゃないですか。ギターを弓で弾いてやろうかなと思う事すらある訳です。そのような奏法上から見た制限を含めたうえで、ギターの魅力って何でしょう。

 弓でですか(笑)。でも、最初ヴァイオリンと組み始めた時に、ひとつの音でクレッシェンドが出来るっていうのは凄く羨ましくて、そこにコンプレックスを感じたことはありましたよ。でも、やはり今は別物だと捉えていますね。全然違う長所と短所を持っている別物だと。でも、最初はコンプレックス感じましたよ。ヴァイオリンと同じ音量で弾くのって凄く大変だし、また同じスピードで弾くのも物凄く大変ですし、その苦労は誰もわかってくれないし(笑)。

■クラシックギターの演奏を聴いていると、ギターのメカニズムに左右されている部分を多く感じます。メカニズムを踏まえた上で出来る限界の術があるというか。

 例えば、ピアノならば左手を和声に、右手を旋律にと割り振るのは簡単ですよね。でも、ギターではそうは行かない。ギターのメカニズムに合わせて曲が生まれるというか、逆に言えばギターのメカニズムに合ったものしか作りようがない。そこから生むから面白いんでしょうね。 ギタリストが書いた曲とそうでない曲って、まるで違いますよね。ギター曲でない曲を出版する際には大概ギタリストの手が入りますが、それって曲をギターのメカニズムに合わせる作業ですよね。そういう意味でも、制限の多い楽器ではあると思います。でも、あれだけ沢山の音が同時に出せるというのは擦弦楽器には出来ない事だし、また、両手の指で弦に直接触れて音を出す楽器ってほとんどないじゃないですか。それが、あれだけ人間的で温かい音を出せる理由にもなっているんじゃないでしょうか。自分の音が作りやすいというのもその辺りに理由があると思います。

■ 制限がありながら、旋律を弾きつつ伴奏も同時にできるという事は、実際に目の当たりにすると感動的ですよね。そのメカニズムに神秘性すら感じてしまうというか。

 そうですね。そこがソロギターの面白さだと思います。ピアノだったら簡単に出来る事が、ギターでは片手で伴奏とメロディを弾き分けなくてはなりません。だからこそ、1曲1曲に小さな世界が形成されるというか、ギター曲独特の幻想が生まれると思うのです。このギター曲という世界が大事であって、何でもかんでもギターソロにすれば良いというものではないと思います。

■ そうですね。CD『スペイン幻想』では、タロットやデディカトリアなどの曲にそれを強く感じます。そんな坪川さんが、これからやりたいと思っている事はありましたら教えて下さい。

 やはりオーケストラとやってみたいですね。でも、こればかりは私がどんなに努力しても声がかからない事にはどうしようもないので、ひたすら受け身に待つしかないんですけどね(笑)。あと自分として今やりたいのは、ギタートリオの録音と、ヴァイオリンとのデュオの録音ですね。

(2005年1月15日、横浜にて)

EXAC001CD『坪川真理子 / スペイン幻想』 [EXAC001]

(演奏)
坪川真理子(guitar: Antonio Marin 2001)

(収録曲)
・ソレア (R.S.デ・ラ・マーサ)
・「タロット」より 皇帝/世界/力 (T.マルコ)
・序奏とファンダンゴ (D.アグアド)
・ペテネーラ (R.S.デ・ラ・マーサ)
・サパテアード (R.S.デ・ラ・マーサ)
・トナディーリャ (A.バリオス)
・デディカトリア (G.アブリル)
・小麦畑で (J.ロドリーゴ)
・椿姫幻想曲 (J.アルカス)