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Musician's Voice vol.18: interview

2015/11/2
住友郁治

なぜロマン派か

住友郁治(すみともふみはる):1969年生まれ、ピアニスト。国立音楽大学大学院首席修了。これまでに池澤幹男、武井恵美子、ダン・タイソン、故アンリエット・ピュイグ=ロジェに師事。1991年、NHK-FMにてデビュー。同年、矢田部賞受賞。92年イタリアでの第5回国際リストコンクールに入選、第11回朝日新聞社主催新人コンクールで大賞を受賞。93年、クロイツァー賞を受賞、チェコの第2回ヤングプラハ国際音楽祭に日本代表ピアニストとして招かれる。00年、第69回日本音楽コンクールでは声楽部門の共演者として木下賞を受賞。クラシックのほか、舞台や映画の音楽も手掛ける。2015年、4枚目となるCD作品『Oratio 2 -recital 2014-』を発表。

■新作CD"Oratio 2" の特徴のひとつはラフマニノフの選択と感じます。住友さんがラフマニノフを取り上げるのは予想外でした。なぜラフマニノフを取り上げたのですか。

 昨年のリサイタルではベーゼンドルファーを使ったが、ラフマニノフをベーゼンドルファーで響かせたら面白いんじゃないかと思った(笑)。ラフマニノフがア メリカに渡って最初に契約をしたのはスタンウェイ。だから、彼の書いた作品も、スタンウェイというピアノの音の傾向に沿ったものになった。これを、ベーゼ ンドルファーで鳴らしたらどうなるか、これを想像したら、良いイメージが出来たし、意義ある挑戦に出来るとも思えた。

■プレイはもちろんですが、響きも良かったですね。表現の素晴らしさのほかに、ピアノとホールのアコースティックの調和、調律の影響もあったと思いますが。

 Mさんの調律ですからね。ピアノの調律というのは2オクターヴで合わせていくものですが、Mさんは恐らく3オクターヴで合わせている。ピアニストが弾いた ら「おっ」と感じる調律と思います。常識にとらわれない柔軟な発想で、プログラムに合わせて「こういう音で鳴ったら良いんじゃないか」というイメージを強 く持って調律に臨んでおられる気がします。

■私にとってのMさんの調律のイメージは、いきなりオクターヴが崩れる寸前の良い音を作ってくるというイメージですが。

 そうそう。リサイタルが進んでいく過程で丁度よくなるように合わせるのが、リサイタル時の調律の王道だと思いますが、いきなり良い音なんだよね(笑)。やはり、「このプログラムにはこの音で」という音のイメージが強いのでしょうね。

■住友さんの録音に関わると、徹底してロマン主義のあの官能性と向き合う事になり、その官能性のサウンドのあり方に腐心することになります。つまり、私は住 友さんの音楽にロマン派の官能を強く感じているわけですが、ロマン派以前や、あるいは以降の音楽はどのように捉えていらっしゃるのでしょうか。

 ロマン派とはいえ、ラフマニノフも対位法なんですよ。それを突き詰めていくほどに、ひとつのメロディがどんどん短くなって、最終的には断片の切り貼りのよ うになっていく。そうなると、対位法としては精緻化して完成度が高まりますが、しかし人間の感覚とは離れていく。あのリサイタルで取りあげた「鐘」あたり は、短い断片ではなく、メロディを強く感じます。どの時代でも、どこに行っても、ラフマニノフは「鐘」の演奏を求められたそうですが、そこには人間が音楽 に求める普遍的な何かがあるのだと思います。

■近現代でいえばヴェーベルンなども対位法が目につきますが、あれも感覚で捉える音楽というよりも、論理的に捉える音楽という感じがします。そういう事でしょうか。

 ヴェーベルンも対位法として捉えると実に精緻で素晴らしい、しかし聴く感覚として捉えると、人間的な感覚から遠い感じがします。話を戻すと、対位法という 意味でいうと、バッハ以前にある対位法は、不協和音などの感覚上の不具合が多い。ところがバッハになると、この問題が解決する。(論理性が言及されがち な)バッハは、実際には音楽を美しく響かせるという点から始まったのではないかと思うのです。
 現代の視点でいうと、バロック期の音楽は、現代に比べると不自由です。例えば、鍵盤は5オクターブで、今よりも2オクターブも狭い。今の視点でいえばこ こに制限を感じもしますが、同時に強い創造力も感じるのです。状況に制限がある故に、作り手がクリエイティブであるという事ですね。現代はその逆で、制限 が少ない分だけ、作り手側が創造性に欠く嫌いがあるのではないか。しかし、聴く側はバロックをすぐに通り過ぎて古典派へと入っていくという。

■個人的にはバロックは完成度の高い素晴らしい音楽と感じますが、古典期はバロックほどの素晴らしさを感じません。例えば、バッハで好きな音楽は何ですかと言われれば色々な曲が思い浮かびますが、ハイドンでは私はそれを挙げることが出来ません。

 それはやはりハイドンの頃が、また人間の感覚的なところから離れていたという事ではないでしょうか。

*****
 お話を伺っていて、「感覚的な受け取りを優先する」という音楽的主張、そして「そこを基準に評価するのであれば、ロマン期の西洋音楽は最も感覚に訴える音楽と 言えるのではないか」という主張があったのかな、と感じました。たしかに住友さんは、クラシックのリサイタリストとしては大変に柔軟な活動を展開しながら、音楽その ものは徹底してひとつの美観を貫いているミュージシャンであるという気もします。
 他にも、現代曲、西洋音楽と日本音楽の比較、言葉を使う歌音楽と器楽の差、オーディオの話など、話は尽きず。楽しいひと時を過ごさせていただきました。 (近藤秀秋、2015年11月2日)

 

EXAC013『住友郁治/Oratio 2 -recital 2014-』
 
(Bishop Records, EXAC013)

  1. 幻想曲 ニ短調 K.397(モーツァルト)
  2. バラード 第3番 変イ長調 op.47(ショパン)
  3. スケルツォ 第3番 嬰ハ長調 op.39(ショパン)
  4. 前奏曲 op.3-2「鐘」 嬰ハ長調(ラフマニノフ)
  5. 前奏曲 op.23-5 ト短調(ラフマニノフ)
  6. 前奏曲 op.32-5 ト長調(ラフマニノフ)
  7. 「音の絵」op.39-9 ニ長調(ラフマニノフ)
  8. 2つの伝説 1.小鳥に説教するアッシジの聖フランチェスコ(リスト)
  9. 2つの伝説 2.水の上を歩くパオラの聖フランチェスコ(リスト)
  10. 「巡礼の年 第2年 イタリア」より ソナタ風幻想曲「ダンテを読んで」 S.161 R.10b(リスト)